カテゴリ:認知症・介護( 20 )

見極めは難しいけれど。

 それまでは元気なご主人のリードで自宅で過ごされていた御年90ウン歳の女性患者Sさん。大腿骨骨折で手術をし、一応は歩けるようになったものの、歩行はいくらか不安定。なかなかの認知症(アルツハイマー型だが時々幻視も出現しレビー化しつつある)もある。真面目な娘さんは、「このままでは歩行も完全ではなくまた転ぶ危険があるから、リハビリ施設に移って何か月かリハビリをし、きちんと歩けるようになってから家に帰った方がいいのかしら?」と考えた。リハビリ施設はすぐには空かないので、数ヶ月から半年は待たないと入れない。環境を整えるために当院に転院となった。

 総合的に考えると、この方はリハビリ施設を経るより早めに在宅に戻った方がいいのでは…と考え、私個人の一意見としてご家族にお話をした。

 十分に歩けないから歩けるようにトレーニングをしよう、という発想そのものは素直で真っ当である。でもこれは、残された時間が十分にあって、身体能力に予備力がある若い人の考え方のように思う。身体能力が脆弱であれば、一生懸命リハビリをしても、今後絶対に転ばないとは言えない。そして平均年齢を軽くオーバーしたSさんに残されたお時間は、長くても数年。そのうちの貴重な半年を、施設待ちの入院や施設でのリハビリに費やすのはいかがなものか。本人も「早く家に帰りたいねぇ。」と言っており、高齢ではあるがしっかりしている旦那さんも、もう一度家で面倒を見てあげたいと言っている。あるかないか分からない(とは直接言わなかったが)数年後よりも、目の前のSさんの生活の質を高める方向で考えた方が幸せにつながるのではないか…。

 ご家族とこんな相談をしているうちに、入院中のSさんが歩き始めた。看護師が付き添って歩行リハビリを…ではなく、なんと自主練である。看護師さんが病室に行ったところ、数メートル離れた隣りのベッドの脇のサイドテーブルをゴソゴソいじっていたのだそうで。本人いわく探し物をしていたようだが、この先当院から更に別のリハビリ施設に移り、環境が再び大きく変われば、Sさんが混乱して認知症が進む危険性も高い。

 このエピソードが決め手となり、Sさんは直接家に戻ることになった。Sさんが生活しやすいように自宅の介護環境を整え、訪問看護や訪問リハビリを導入して。退院後初めての訪問では、日の当たる廊下に歩行介助バーが何本も設置されており、そこをつたって行くと自力でトイレまで行けるようになっていた。ご主人が設置したのだと言う。茶の間では、コタツの指定席に座ってニコニコ笑うSさんの姿があった。あと何年この生活が続くかわからないが、少なくても今の段階ではご家族もこれでよかったと言って下さっている。

 一方で、先日ブログでご紹介したレビー小体型の患者さんのように、治療を行うことで状態が劇的に良くなり、診療内容の選択肢が増える方もいるのも事実。

『主よ、変えられないものを受け入れる心の静けさと 

 変えられるものを変える勇気と

その両者を見分ける英知を我に与え給え。』

上の一文を読んだ時、まさに高齢者医療そのものだと思った。自然な身体の衰えを加齢変化として受け入れ共存していくゆるさや穏やかさも必要。一方で医療者には、何でもかんでも「年のせい」にして診療の質を上げる努力を怠ってはいないかという自問も必要。その両者の見極めは、なかなかに高度。永遠に修行が必要です。

写真は、関係ないけど『インフルエンザ予防接種始まっています』
(患者さんの許可を頂いて掲載させて頂きます。)
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by kasama-hospital | 2013-11-07 07:17 | 認知症・介護

もう一つのピック感

 朝夕うんと冷え込み、夏から一気に冬に足を踏み入れてしまった感じですね。

 今日は、LPC(レビーとピックの複合)の認知症患者さんの改善例をご報告します。発症は5-6年前。家族を泥棒扱いしたり、連れ合いの浮気を疑ったりと攻撃的な言動が目立ちました。家族に受診を促されるも拒否。精神科を受診したのは3年前のこと。この頃には、大声で罵る、つねるなど周囲への暴力も出て、精神科への入院手続きまでしたくらいですから、陽性症状はかなり激しかったのでしょう。私はここまで聞いて「ピック病かな…」と思いましたが、受診先では「アルツハイマー型認知症」と診断されています。レスリン、パキシル、ランドセン、リスパダールなどが処方されました。

 恥を承知で白状しますと、数か月前に一度感染症で入院した際、私はこの方の認知症にノータッチでした。アルツハイマーなのに、なんで抗うつ薬?という素朴な疑問がフッと湧きましたが、コウノメソッドを本格的に開始する前です。認知症診療にまだ自信がありませんでしたから、専門の先生の処方に余計な手出しをしてますます悪化したら大変…と見なかったことにして、感染症の治療に専念したのです。

 その結果、病棟はとにかく大変でした。私が、ではなく看護師さんが…。昼夜を問わず「××ちゃ~~ん!!!」と家族を呼ぶ叫び声が廊下にまで響いていたことと、怒りスイッチが入ると目が座って額に2本くらい横じわが出来て、それがワナワナ震えていたことは覚えています。それでも朝は1階の外来ブースに降りてしまい夕は回診を終えて病院を離れるとその叫び声は聞こえてこないのをいいことに、当時の私はつまりは逃げてしまったのです。あの時は、本当に看護師さんごめんなさい。私が感染症の治療に専念したせいか本人の免疫力が強かったせいか(こっちでしょう)この時はあっと言う間によくなり、短期間での入院ですんだのがせめてもの幸いでした。でも、この方の入所する介護施設では、24時間365日この方と接するのがお仕事です。もしかすると退院の知らせを複雑な気持ちで聞いていたかもしれません。

そして先日、またその方が入院することになりました。看護師さんも内心ムム…と思ったはずです。今度は血液培養から菌も検出され前回より長期の入院が予測されます。よ~し覚悟を決めようと、ご家族に当院で内服薬を調整させて頂くようお願いし、了解を頂きました。ただし家庭の事情により、強力な助っ人であるフェルガードは今回は登場できません。

歯車様固縮はしっかり陽性で、安静時振戦も体幹傾斜もあり。なんと寝言も幻視も意識障害もあって、レビースコア10点。尿失禁、診察拒否、二度童、語義失語、スイッチ易怒、CT所見もありピックスコア6点のレビーピック複合型と診断しました。全体的なイメージはピック病のエネルギー過剰です。

まずは陽性症状の制御でウィンタミン6mgを一日6包。これで大方は制御できるはず!効き過ぎて眠そうだったら減らしてね、と自信を持って処方したものの、翌朝も、翌々朝も、看護師さんから「昨晩も寝ないで叫んでいました。」「点滴を自己抜去しました。」との報告。え~~~。慌ててマニュアルノートを引っ張り出し、薬を調整しなおし。これを繰り返し、最終的にウィンタミン72mg(最高量)、セルシン6mg、レンドルミン1錠でようやく穏やかな笑顔を見せるようになった時には、本当にほっとしました。続いてリバスタッチパッチ開始。

チャレンジテストを経てメネシットも開始して少したった頃のこと。ナースステーションでカルテを書いていた私の前を一人でトイレに歩いていくおばあちゃんが。看護師さんに声をかけられ、‘あの患者さん’だと気づいた時には本当に驚きました。腰は曲がっていますが、杖も使わずに一人で歩いています。トイレに行く前にも長いことナースステーションの車いすに座っていたのに、ニコニコして黙っていたので私は気がつかなかったのです。これが一日中大声で叫びっぱなしだった方と同じ人だとは…。

 たまたま月単位の入院治療が必要にも関わらず、ご本人の全身状態は悪くないというタイミングが重なり、私と看護師さんは患者さんが改善していく経過を目の当たりにするという幸運に恵まれました。まるで別人のように「ありがとうね~。あんたの手はあったかいね~。」と私の手を握ってくれる患者さんの両手を、こちらの方こそありがとうという気持ちで握り返しました。そして、あ、これもまたもう一面の‘ピック感’なのかな…と思いました。

 一般的にはピック感と言うのは、ピック病の患者さんに対してマイナスのイメージで使われる言葉です。初診のピック病患者さんが腕組み足組みをして診察に拒否的、訳もなく不機嫌な様子はかなりのインパクトがあり、その姿だけでピック病らしいと思わせる雰囲気があります。しかし一方で、私が接した何人かのピック病患者さんは、それだけではないピック病らしさも垣間見せてくれました。診察室で子供をあやすために置いてある犬のぬいぐるみを撫でる男性、エネルギーが制御された後に見せる満面の笑顔や警戒心なく腕などを触ってくる姿、それは‘二度童’の一面です。一度童、つまり現役の乳幼児と日々格闘している母親の私は、こちらのセンサーは少々敏感です。初診のピック病患者さんを前にすると、まだ数人ながら改善したピック病患者さんを思い出し、ああいう笑顔をまた引き出せますように…と願いながら診療を始めるのです。

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*写真は、先日1歳のお誕生日を迎えた次男の誕生日ケーキ。長男がフライングしないよう、蛇が護衛しています。護衛効果は抜群でした。
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by kasama-hospital | 2013-10-05 04:11 | 認知症・介護

長谷川式が10点アップ!治療方針まで変更へ!!

こんにちは。
2回続いた3連休、皆様はいかがお過ごしでしたか?私も柏の実家に帰省したり、宇都宮動物園で子供と一緒にキリンにニンジンをあげたりと楽しい休日を過ごしました。

最近読んだ本です。
『そして父になる』
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福山雅治さん主演で映画化されましたね。自分の小さな子供に置き換え、ある日お世話になった産科病院から私の所に電話があったらどうしよう…う~ん…と胸がしめつけられるような気持ちになりました。私だったら、まだ1年しか一緒にいない下の子だって、もう手放すことは絶対に出来ない気がします。最後は清々しく温かい結末で感動です。

 さてさて、今日も嬉しい改善例のご報告です。

内科系の腫瘍がある方ですが、認知症もあるため‘これ以上積極的な治療の適応がない’として、緩和ケアにシフトしていく方針で当院に紹介となりました。(当院は訪問診療も行っているため)
3ヶ月前の初診時、紹介状に認知症のタイプについては記載されていませんでした。認知症については、5年前から精神科に通院されていたのです。そこでリスパダール1mg、アーテン2mg、リスミーなどが処方されていました。

「薬が始まって認知症症状は良くなりましたか?」と聞いたところ、ご主人がボソッと「いや、むしろ悪くなった気がする。歩けなくなった。」と。初診時、長谷川式は12点、暗い表情で口をモグモグさせており(Oral dyskinesia)歯車様固縮がしっかりありました。以前はしょっちゅう転倒しては頭を打撲しており、最近は臥床しがちとのことです。レビー小体型認知症だと思いました。(後日時間をかけて診察すると、レビースコア10点、ピックスコアも5点でLPCと診断しました。以前は気に入らない人に物を投げることもあったというエピソードからは、ピックの要素を感じます。)

 あちこち通院されるのも大変になってきたとのことで、今後は内科も精神科も当院で処方をまとめることになりました。最初に行ったのは、レビーの歩行を悪化させるリスパダールを中止することでした。次にアーテンをメネシットに変更しソラナックスを中止すること。

 リスパダールを中止して1ヶ月半ほどたった頃、驚くことに紹介元の総合病院の先生からお手紙を頂いたのです。
「リスパダールを中止してから、こちらの治療がしやすくなり感謝しています。」
腫瘍に対しまだ残された治療をしていたのですが、その時の本人のコミュニケーション能力、歩行能力がかなり改善しそのため治療がスムーズになったとの、とても嬉しいお手紙でした。その後ご本人が受診されたのですが、確かに驚くほど改善していました。自宅でもほとんど転ばなくなったとのこと。
驚くことはまだまだ続きます。あまりにも改善が著しかったため、総合病院で当初はまず無理だろうと思われていた手術まで、再検討しようという方針になったのです。結果的には外科の先生とご家族の話し合いの中で、自宅で過ごせる時間を大切にしようと手術は行わないという結論に達しましたが。私自身は、その方の総合的な状態を考えると必ずしも手術をすることが正解かどうか微妙なところなので、手術をしないのも一つの選択肢かとは思います。ただ、全く認知症に関わっていない別の先生の目から見て、もしかすると手術もいけるかんじゃないか、と短期間に方針を変更されるケースはあまり経験したことがないので、それほど見た目の印象が変わったという事実を素晴らしいと思いました。訪問診療も行う者として、この方に残された人生の大切な時間を、できるだけ家族と穏やかに過ごして頂こう、最後のお別れの時まで継続して力になろうという意欲でいっぱいです。リバスタッチパッチを追加したのがごく最近のことなので、もっともっと良くなるという期待を持っています。この方の長谷川式は…なんと22点になっていました。

それにしても、この方の改善のスタートは『ひき算』でした。レビー小体型認知症の方の大きな特徴に薬剤過敏性があり、一種類の薬が破壊的にその方の活動性を奪います。難しいのが、それが薬のせいなのか認知症や加齢に伴うあがらえない衰弱なのかが、一般の方から見て見分けがつきにくいということです。この方も、悪性腫瘍で総合病院を受診するという一つのきっかけがなければ、そのまま‘やむを得ない経過’として認知症の治療を継続されていたと思います。もっともっと潜在的によくなる可能性を秘めた患者さんがいる、ということを実感する今日この頃。コウノメソッド初心者ながら、待っているだけではなくこちらからもどんどん地域に情報を発信をして、認知症患者さんが改善するお手伝いをしたいと思います。
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by kasama-hospital | 2013-09-24 12:05 | 認知症・介護

レビー小体型で2例目の著効例!

今日は訪問診療を行っているレビー小体型の著効例をご報告します。

80歳台の男性。5年前に振戦・夜中の大声の寝言・意識消失があり別の医師によってレビー小体型と診断されています。長谷川式は26点でした。中核薬はずっと入っていません。ドプス・セルシンを使ってめまいで歩けなくなった既往あり。3年前から嗜眠、小刻み歩行、嚥下障害が出現。昨年には長谷川式が10点まで落ち、ドプスからネオドパゾールに変更されています。2回意識障害で総合病院に救急搬送されるも、器質的異常なく「脱水」と診断されていました。

 1年前に私が訪問診療の担当になりましたが、「よく転び、よく寝ている」状態をそのままに診ていた(いや、診ていなかったか)ことを自戒を込めてここに告白します。ただただ前医の処方を継続していたのです。訪問する度に、ベッドの上で猫のように体を丸め、起き上がった姿を見たことがありませんでした。全く動かないので冬は指の先まで冷え切って暗紫色になっていて、まさしく冬眠しているようでした。質問すると目をつぶったまま面倒くさそうに一言二言。

 6月の訪問時にご家族が「段々バカになる。」と言ったとカルテに記載あります。このころ遅ればせながらコウノメソッドによる患者さんの見直しを開始。6月中旬にセルシン2T2×を徐々に減らして中止。これだけで家族が「ずいぶん目が覚めた。」と言った時には、これまでの自分の怠慢を悔やみました。7月中旬にニコリン注射1回目、サアミオンを開始。河野先生に相談の上、ネオドパはレビー小体型に相性が悪いとのことでメネシットを院内採用して切り替え。そして8月中旬にイクセロンパッチ4.5mgを開始しました。

 そしてつい先日の訪問で、嬉しい驚きが。私たちがお邪魔すると、座って待っていてくれている患者さんの姿が。目もしっかり開いて「昔は遊び人だったんだ。今は遊びにも行けないけど。」と言うなど、会話が普通に成り立ちます。歩いてもらうと膝が屈曲ぎみのパーキンソン歩行ですが、足取りはしっかりしていてご家族いわく「転ばなくなった」とのこと。更に嬉しいことに、最近は「相撲を見よう」とテレビをつけるように家族の方に頼んだり、自分から新聞を広げるようになったとのこと。レビー小体型で頭の中に霧がかかった状態から、霧がスーッとはれて集中力が増したのでしょうか。家族の方に「どの薬が一番効きましたか?」と聞くと「貼り薬が始まってから特にだね。今の薬とは相性がいいみたい。」と答えて下さいました。この日もニコリンを打ってきました。

 とにかく丁寧にやるべきことをやるだけですが、こんな風に著効する方がいるとますます頑張ろうと思います。レビー小体型は、治療によって運命が極端に左右されると言われる疾患と言われています。クスリのさじ加減によって、奇跡的な改善を見ることもある一方で、治療を間違えば死の淵まで追いつめられることもあると。この方は良い経過を辿りましたが、治療が間に合わなかったらと思うと…責任の重さを実感しました。

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さてさて、写真は日本内科学会のセルフ・トレーニング問題。内科認定医を更新するためには、一定の単位を取らなくてはいけません。日本全国の勉強会や学会に出て行っても単位は取れるのですが、小さい子がいるためそうそう家をあけられず。家にいて取れるものは家で。久しぶりのマークシート、幅広い科の問題に、国家試験を思い出しました。すっかり忘れていたまれな疾患を復習するよい機会になりました。
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by kasama-hospital | 2013-09-15 04:42 | 認知症・介護

目上の方への敬意

『認知症28の満足』を読んで、私が「この先生は本物だ!」と確信し感銘を受けた1番のポイントは、実は認知症の治療に関することではないのです。(治療の効果については凄すぎてすぐに信じられず、眉唾ではないかと少し疑っていたのはここだけの話。)

 先生は趣味がプラモデル作りなこともあり戦争の歴史に詳しく、そのことで戦争を経験されている高齢患者さんとよい関係を築かれるのが得意なのだそうです。出身地や生まれからその方の出撃した地域や部隊の名前を当てたり、翌診察日までにそのことについて調べておいて話が合うようにするという徹底ぶり。認知症の方は最近の記憶は抜け落ちていても、昔の記憶はよく保持されている方が多いし、若くして活躍した記憶は誇らしいものとして残っていることが多い。子供や孫世代も、臭い物にはフタで戦争の歴史に触れないので、そのことに関心を持って聞いてもらうことで「またあの先生の所になら行く」という患者さんが多いのだとか。認知症患者さんは有名なお偉い先生だとかそんなことはどうでもいいですし、野生の勘のような鋭さで「相手がどういう中身の人間か」を判断します。本能的に「敵」か「味方」か、好きか嫌いかを判断するのだそうです。(『痴呆老人」は何を見ているか』より)ごまかしが利かないという意味ではコワいですね。

 先日他界された患者さんで、若い頃に満州に行かれていた男性がいました。90歳を超えているのに筋骨隆々で勇ましく、素敵な方でした。訪問診療をしていたのですが、お宅にお邪魔する度に、満州でのお話をしてくれました。自分一人中国語が出来て現地の中国人と対等にやりあえたお蔭で命拾いした話とか、電信柱に「この男を見つけたら銃殺せよ」と指名手配された話など、手に汗握る物語の数々。実は入れ歯が合っていなくて少し滑舌が悪く、熱心に話して下さる話の内容が半分くらいしか理解できなかったのですが(笑)そのお陰か繰り返し聞いても聞き飽きた感じがせず、今日はここの部分がちょっと理解できたとジグソーパズルを埋めるような達成感もあり。毎回あまりにも一生懸命語って下さるので、同席する奥さんと娘さんは笑いをかみ殺していましたが。

 ちょうどその頃、満州からの引き揚げについて書かれた本『流れる星は生きている』を読んだばかりでその壮絶な様が少しは想像できました。目の前にいる患者さんは、それを実際に経験された方なのだ、こういう人たちが必死に生き抜いて命をつないでくれたからこそ今日の私たち日本人がいるのだと思うと、自然と頭が下がります。一緒に引き上げられた奥さんは、「思い出したくもないくらい大変だった」とおっしゃっていましたが、夫である患者さんは良い所しか覚えていないようです。こんな貴重なお話を直に聞けるなんて、役得だな…と思っていました。

 この方は訪問しているうちに悪性腫瘍の疑いが非常に強くなり、何度か精密検査を勧めましたが、病院も入院も大っ嫌いだときっぱりと拒否。緩和ケア一本で最期まで自宅で過ごされました。ご自宅で亡くなる数日前も、少し調子がよくなったとそれまで寝ていた布団から隣りのちゃぶ台がある部屋に移動され、少し息切れしながらいつもの武勇伝を聞かせて下さいました。命の残り火が少ないことはよくわかっていたので、この話を聞けるのも今回で終わりかな…と切ない気持ちを押し殺し拝聴。亡くなったのは2週間後の訪問日当日で、あと1軒でその患者さんのお宅に訪問、というタイミングでした。
 
 もう貴重なお話を聞くことは出来ないのだと思うと、一つの時代が去っていったことを寂しく感じましたが、後日娘さんと外来でお話するチャンスがあり、
「私たちはもう何回も聞いているからと、話をきちんと聞くことが全くなかったので、先生に話を聞いてもらうのを楽しみにして、毎回ちゃぶ台の前に座って準備していました。」
と教えて頂いた時には、胸が温かくなりました。

 河野先生の行動の根っこにあるのは、相手に対する敬意なのだと思います。先生いわく「海外に行くのに英語を勉強するように、高齢者と接するのには戦争の歴史を学ぶのは礼儀。」なのだそうです。私は河野先生を認知症の師としていますが、知識やノウハウのみならずそう言った診療スタイル(生き方)も自分のものにしたいと思います。残念ながらプラモデル作りの趣味はないので戦争について河野先生ほど詳しくなれることはないと思いますが。
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by kasama-hospital | 2013-08-26 23:49 | 認知症・介護

認知症の勉強スタイル

誰のために役に立つのかよくわかりませんが、今やっている勉強のスタイルについて書いてみます。

 先日の記事で書いたようにコウノメソッドをスタートさせ、まずは院内で定期的に診ている認知症患者さんの診断や治療を振り返っています。一方で、ありがたいことに「病院のブログを読んで来ました。」と患者さんを連れてこられるご家族も現れて、これまで以上に急ピッチで実力をつけなければ…とお尻に火がついた状態です。患者さんとご家族の方々、発展途上ではありますが力を尽くしますので、お付き合いをどうぞよろしくお願いします。

インターネットが普及した今は、本当にいい時代だと思います。病気のことを知りたい!とご家族が思えば、インターネットで検索すれば世界中の情報を手に入れることができるのですから。家族のためにと必死に勉強した家族が、その病気に関心のない医者の知識レベルを上回ってしまう…そんなことがあちこちで起こりうる時代です。

 ネットを活用しているのは実は私も同じです。河野先生の『認知症ブログ』を読んで勉強しています。どこよりも新しく有益な情報が手に入ります。
 ただ、自分自身の経験では、ネットだけで最初から最後まで行けるかと言うと…いくつかの落とし穴があるとも思います。

まず、ネットの情報は玉石混交で、まっとうなものから、利益が目的のインチキくさいものまで幅があるので、情報を取捨選択する力は間違いなく必要です。そして、これは信頼が置けそうだというものが見つかっても、ブログなどの時間の流れと共に発信される情報では、初心者が一から習得するのには、なかなか頭が整理するのが難しい面があります。

個人的な認知症の勉強を振り返ってみます。

最初はiPadで認知症ブログを端から読んで知識を得ようとしましたが、正直医者のはしくれである自分でも全く歯が立ちませんでした。「ナイフの刃様委縮って…なんだっけ?」と用語の理解もおぼつかない初心者だったので、膨大な情報の海におぼれているようで、かえって混乱してしまいました。

やはりスタートは紙媒体で…と言うことで教科書を購入。一通り読んだところで、情報を整理し今後もすぐ取り出せるようにと認知症ノートを作成し、疾患ごとにまとめていき、それを読み返すことでようやく頭の中が少し整理されました。院内の勉強用にと資料を作ったことも、復習・定着効果があったと思います。

そして先日ようやく、満を持して認知症ブログに戻ってきました。基本的な知識が整理されたので、新しい情報もすんなり吸収することが出来ます。ようやくこの宝の山を生かすことが出来る、と嬉しくなりました。アナログ人間で線を引いたり付箋を貼ったりそれをノートにまとめたりという作業でより吸収力がアップする方なので、少し大変(いや、かなりかも)ですがブログをプリントアウトしてファイルし、紙ベースで勉強しています。何しろ週1回の更新で1回分が20ページなどと莫大な量なので、とりあえず2013年分だけ…。せっせと消化しているつもりですが、翌週になると新しい記事がまた更新されるので、なかなか進んでいないように見えます。

 勉強と言うと何やら堅いイメージがありますが、疾患ごとに担当している患者さんを思い浮かべて、確かにあの人はこんな症状があったのか、あれはこういうメカニズムだったのかとか、じゃああの方は次回こうしようああしようとメモしたりと、日々の業務とリンクしているのでとても楽しい作業なのです。

 ちなみに最近の私はもっぱら朝型で、子供と寝かしつけた後に自分も10時頃には寝てしまい、朝に早めに起きて勉強しています。独身だったり子供がいない頃に比べると時間的な制限ができて、今になるとあの頃は楽だったな…と思いますが、不思議なことに当時より今の方が沢山勉強しているのが面白いところです。

 今日はこんなところで。皆さん、素敵な一日をお過ごし下さい。私も今日は子供の3歳のお誕生日なので、家族でケーキを食べてお祝いしようと思います。
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by kasama-hospital | 2013-08-23 06:59 | 認知症・介護

コウノメソッドがピック病に著効!

 これは著効例と言っていいのではないでしょうか!コウノメソッドを始めて間もない自分ですが、患者さんの状態が非常によくなりあまりにも嬉しいので、ご家族の了承を得てご報告させて頂きます。

 生活習慣病を持つAさんが私の外来に通院されています。よいコントロールを保つためには食事や運動などに気を配る必要がありますが、日頃の生活について話を聞くと、それどころではなく。
どうやら認知症の奥さんがいて、一日中奥さんの陽性症状に振り回されている様子。どこかに連れて行っても、気に入らないことがあると怒って帰ってしまう。お店では自分の気に入った物を値段などお構いなしにボンボンかごの中に入れてしまい、買わないと怒り出す。

 コウノメソッドを本格的に学ぶ前からAさんから奥さんの話は聞いていました。とにかく「Aさんも主治医もこりゃ大変だ…」というのがその時の本音。遠巻きな傍観者ですね。何とかしようと思って聞いていた訳ではないのです。一人で介護負担をしょい込んでいるAさんの心の負担を、せめて話を聞き労を労うことで少しでも軽くできたら…というくらいの気持ち。

 ところがところが。コウノメソッドを学び始めた私は、Aさんの奥さん話を聞くだけでスルーすることが出来なくなってしまいました。この陽性症状の激しさはピック病では…?と思いたち、身を乗り出して奥さんの症状を聞くように。

・アイスを一度に5-6個食べてしまう(甘い物好き)
・テーブルに運んだおかずを、席につくやいなや全部勝手に食べてしまう(自分勝手)
・言うことを聞かないとばかり思っていたが、どうやらAさんの言うことがわかっていな
いみたいだ。(語義失語)
・急に怒り出して、それが過ぎるとケロッとする(スイッチ易怒)
・受診して名前を呼ばれても「私じゃない」と診察室に入ろうとしない(診察拒否)
・昔はお洒落だったのに、身の回りに構わない
・奥さんを置いてどこかに行こうとすると怒るので、どこにでも連れて行くはめに。(シャドーウィング)

ここまで揃えば、ご本人にお会いする前からピック病の診断がついたようなものです。他の病院に通院されている方なので、しゃしゃり出るのも何か…とためらう気持ちもありましたが、振り回されてお疲れのAさんのためという名目で、おそらくピック病だから、一度受診して頂けないかとAさんにお願いしました。

患者さんのかかりつけ医は知っている先生だったので、電話で「どうしても一度ピック病の患者さんが診たいので、一緒に治療させてもらえないでしょうか」とお願いし、了解を得ました。度量の広い先生でよかった。

 本人が嫌がって病院に連れて来られないかもしれないという話で当日はドタキャン覚悟で予約枠を取り、診察室でドキドキしながら待ちました。入ってきたのは案の定Aさんだけ。一応Aさんに診断名と基本的な治療方針を説明。その日はとりあえず陽性症状を抑えて穏やかにしようと言う方針でウィンタミン(4mg)6包分3で処方し、自宅で陽性症状に合わせて量を増減する「家庭天秤法」についても説明しました。またフェルガード100Mもお勧めしておきました。

(失敗談:この時は院外処方であったため、「4mgを6包分3なら8mgを分3でも同じことでしょ」という考えで8mg分3で処方されてしまい、後から処方しなおして頂くというアクシデントあり。院外薬局にも家庭天秤法について説明しておくべきでした。すみません。今はウィンタミンを院内採用しているので大丈夫です。)
説明を終えた私、どんな形であれ患者さんに接触しなくてはと、待合ホールで座っているAさんの奥さんに声をかけました。不機嫌そうに私の手を振り払い、立ち上がって夫の元へ。その感じの悪さ(ごめんなさい)たるや、これがピック感なのか…とかなり強烈な印象。頭ではわかっていてもこちらの医師としてのコミュニケーション能力に自信がなくなりそうです。

1週間ほどたって、Aさんから話を聞く機会がありました。

「ずいぶん穏やかになって、介護しやすくなりました。」

やった!どうやら朝はいくらかボーっとしているようですが、傾眠という訳でもなく、普通に話は出来るとのこと。再度、効かなければ増量、効き過ぎたら減らして、と説明。

1か月ほど経過した7月下旬、ついに初回に渡したプリントを読んだAさんが

「フェルガードという漢方は、ピック病にずいぶん効くようですね。試してみたい。」

と言ってくれました。(以後Aさんは、フェルガードを漢方漢方と呼んでいます。ちょっと違うけど、まぁいいか。)いよいよ次のステップに進んだか…と嬉しくなりました。

 そして先週のX-dayは、慌ただしくて大変な一日でしたが、同時にとても嬉しい一日になりました。Aさんが奥さんと来院。またしても奥さんは診察室には入ろうとはせず、Aさん一人で診察室へ。フェルガード100Mを開始して2週間での変化を報告してくれました。ちなみにウィンタミンもフェルガードも、全部ヨーグルトに混ぜて食べさせてくれています。

・夜中もテレビや電気をつけっぱなしだったのが、消して寝るように。
・これまでは起こさないと起きなかったのに、自分から起きて階下に降りてくるように。
・集中力が上がったのか、夫がつけたテレビを見られるように。
・介護する夫Aさんに「迷惑かけるね。」「ありがとう。」と言うようになった。

 最後の変化が、私にとっては何よりも大きな変化だと思いました。こんな変化を目の前で見ない訳にはいきませんので、当然待ち合いホールで接触を試みます。白衣の私の姿を見た患者さんは先日と同じように立ち上がりかけましたが、
「今日も診察させてはくれないんですか?」
と声をかけると、
「ごめんね~。」
と笑顔になり、両手で私の手をギュッと握ってくれました。Aさんが畳み掛けるように
「せっかくなんだから、診察していこうよ。」
と言うと、なんと立ち上がり、診察室の方向へ!!顔を見て一言二言でも言葉をかわせればそれでよしと思っていた私には、予想以上の展開でした。その変化ぶりに感動して、そしてせっかく少しだけ築いた人間関係を台無しにするのが怖くて、長谷川式もFTLD検出セットもできなかったヘタレの私です。

 10年間医者をやってきて、ここまで「薬が人間を人間らしくする」という場面に遭遇したことはありません。薬はコワい、薬は危険だ、というイメージは100%間違ったものではないしある意味健全な警戒心なのかもしれませんが、一方でこんな風に劇的に人生を豊かにしてくれる味方にもなりうる(まさしく毒にも薬にもなる)ということを実感する場を頂いたことに、心から感謝しています。

 ピックの‘ハッピーセット’を始めてまだたったの2週間。これからAさんと奥さんの間にどんな素敵な物語が紡ぎだされるのか、ドキドキワクワクしながら見守らせて頂きます。
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by kasama-hospital | 2013-08-13 05:07 | 認知症・介護

コウノメソッドを開始します(2)

 診療をしている自分がやりがいを感じられて、何よりも目の前の大切な患者さんや家族に喜んで頂ける治療方法と出会ったのだから、もうやるしかありません。いつやるの?今でしょ!!と言うことで、先日ついにアクションを起こしました。不勉強な自分が先生の言うことを一通り理解できるようになるまでに、それでも数ヶ月間の時間がかかったのです。早く学んだことを現場にフィードバックしたいと逸る気持ちを抑えながら6冊の著書と3本のDVDを見て1冊のノートにまとめていく時間が、とてもとても長く感じました。
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 院内の先生方、事務長、薬剤師さんにお話をして、7月2日と9日には院内全体に知識を共有してもらうための勉強会を開きました。新しい試みですし、煩雑な業務が加わるセクション(ダントツ1番は薬剤科です。)もあるので多少の抵抗は当然、と荒波にもまれる覚悟をして挑みましたが、院内で予想以上に温かく迎えられたことに逆に驚いています。薬剤師の松本さんは、私のコウノメソッド話を面白そうに話を聞いてくれる達人で、早速河野先生の本を注文してくれたほどの強力な援軍第一号です。そして勉強会を聞いた看護師さんが何人も「具体的で面白かった!」と言ってくれた時も、非常に心強い気持ちになりました。看護師さんは病棟で医者よりずっと患者さんに近いところにいて患者さんをよく見ているので、良くなっていく患者さんを近くで見られる喜びは、医者以上に強いに違いありません。うちの病院の看護師さんは認知症の患者さんにすこぶる優しいので、尚のこと。

 そして勉強会に飛び入りで参加してくれたケアマネージャーさん、既にコウノメソッドをご存じでした。な~んだ、自分では現場を変えていこうなんて息巻いていたけれど、実際には介護現場のスタッフは医者が変わるのを待っていただけだったんですね。ケアマネさんと今後力を合わせて認知症診療を変えていこうと話をすることが出来たことは、私にとって大きな励みになりました。

 これまで「もう打つ手がない、そっと見守りましょう」と言うしかなかった患者さんのご家族にも「希望はあるから一緒にがんばっていきましょう」と言えるのだと思うと、本当に嬉しい…これが本音です。一方で、これまで出会ってきた沢山の認知症患者さんに対しては、もっと早く始めていれば救うことが出来たかもしれない、ご家族との素敵な時間を過ごして頂くことが出来たかもしれない、という申し訳なさも強く感じます。取り返しがつかないからこそ、今後に同じ過ちを繰り返さないという形で償うしかありません。

 今の自分が早急にやるべきことは、まだ見ぬ患者さんの著効例を夢見ることではなく、現在私の元に通院したり訪問を受けて下さるかかりつけ患者さんの診療の見直しです。カルテを一冊一冊見直して、あ~でもないこ~でもない、と悩みながら改善を目指します。足元を見つめながら、一歩一歩、『愚直に前進』(河野先生のブログにあり大好きな言葉)で行きたいと思います。泥くさい進歩の足跡は、この病院のブログに綴っていこうと思います。

未熟ではありますが、これからも、どうぞよろしくお願い致します。
 
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by kasama-hospital | 2013-07-09 18:54 | 認知症・介護

コウノメソッドを開始します (1)

こんにちは。すっかりご無沙汰しています。

この数ヶ月間、ブログもアップせずに何をしていたかと言うと…実はまじめに勉強をしていました。認知症の診療について。『コウノメソッド』と言われる、名古屋の河野和彦先生が提唱される認知症診療をマスターしようと一人奮闘していたのです。

私と河野先生の出会いは、一冊の本から始まりました。

『認知症診療 28の満足』
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数ヶ月前に本屋さんで手に取って、イラストも可愛くわかりやすそう♪と気軽な気持ちで買って帰りました。高齢の患者さんが多い当院は認知症患者さんも多いため、ご家族に病気についてわかりやすく説明できたら…とさらっと読み流すつもりだったのです。ところがところが、衝撃的でした。一言で言うと、「認知症症状は、かなり改善する」という内容でした。あまりの衝撃に、一時的に頭がフリーズしてしまい、一端本を閉じてしまいました。
「こんな先生にかかれる認知症患者さんは幸せだな。」
と感じたことは覚えていますが、彼我の差が大きすぎて、とても一医師として同じ土俵に立てる気がしませんでした。

 長いこと私にとっての認知症は‘介護・福祉の領域’に位置していたと認めざるを得ません。城里町の診療所時代には介護保険の認定審査員を務めさせて頂いたこともあり、主治医意見書はきちんと書こう、介護の面で患者さんをきちんとサポートしようと努めていたのは事実ですが、医療に関しては…。散発的にアリセプトを処方するも、「劇的に改善した!」という手ごたえはあまり感じられず、「アリセプトは進行を9か月遅らせるだけ」という言葉を鵜呑みにして、あまり積極的に処方もしてこなかったのは事実です。

 規模の大きな総合病院においては、認知症と言うのは、‘望ましくない背景の一つ’という扱いになりやすい気がします。つまり各科の専門的、積極的な治療(手術や抗がん剤など)を出来ない理由の一つ(「認知症が進んでいるから治療の積極的な適応はないね。」と言う風に)であって、診療の主役として認知症そのものときちんと向かい合おう、という風になかなかならないのです。一方で患者さんとご家族からすれば、認知症こそが「日常」であり、背景などではなく日々の暮らしの主体(日常生活に大きな影響を及ぼすという意味で)なのです。つまり、この診療の質によって、患者さんの日常が大きく変わる。そしてそれに振り回されるご家族の生活の質も。

 「遅い!」と患者さんと家族に叱咤されて当然ですが、鈍い私は医師10年目にしてそのことに気づきました。町医者として生きていくからには、日常疾患である認知症と真正面から向き合おうと覚悟を決めたのです。そして何冊かの認知症についての教科書を読んだ上で、改めて河野先生の提唱する『コウノメソッド』に帰ってきました。
 ずいぶんと回り道をした分、この先生の凄さがよくわかります。理論が非常に明快でわかりやすい。現場で自分の目で発見した事実ばかり(「全て患者さんから教わりました」とおっしゃっています。)なので、抽象的な理論で臨床医を煙に巻いて「で、結局何を処方すればいいわけ?」と言いたくなるようなことは一切ありません。わかりやすいのに、奥が深い。薬を処方して患者さんを観察してあ~でもないこ~でもない…と考える先生の思考過程がブログに綴られています。こんな偉い先生でも地道に試行錯誤を繰り返しながら経験を積んでいるのなら、ひたすら目の前の患者さんを一生懸命診療して、自分の頭で考える努力をすれば、自分にも何か新しい事実のカケラが見つけられるんじゃないかな。不遜にもそんな風に思わされてしまう魅力があるのです。 (つづく)
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by kasama-hospital | 2013-07-09 18:47 | 認知症・介護

男の介護

 さてさて、今日のテーマは、題して『男の介護』です。とある日の訪問診療コースの患者さん数名の介護環境に、この共通のキーワードがあり、面白い特徴が浮かび上がってきたのでご紹介させて頂きます。

 在宅介護(家で介護を行うこと)において、介護をする人は、嫁や妻など圧倒的に女性が多いです。私の印象では9割くらいが女性ではないでしょうか。男性は仕事をしていることが多い、伝統的に家事育児介護は女の仕事とされている、そもそも適性がない(?!)などが一般的に挙げられている理由でしょうか。その中で少数派である男性の介護。だからこそなのか、かなり濃いキャラクターで介護を展開しており、無視できない存在感を放っているのです。

男の介護の特徴その1)数字にこだわる

 ナースステーションの温度板も真っ青の、詳細な数字の記録を見せられることが多いです。体温・血圧・脈拍数などのバイタルサインを1日4回も5回も測っていたり、血糖、飲水量や尿量などのインアウトまで時間ごとに記載してあって驚きます。男性はやはり理詰めで数字から入るのだな~と実感。
その割には、認知症の徘徊が顕著な妻(被介護者)について、
「この頃ちょっと物忘れするようで心配なんですが…。」
と今さらそこ?!な問題提起をしてくれるのがご愛嬌だったりするのですが。
 女性の介護者からこういう記録物を見せられることはあまりないのです。女性は何となく顔色が優れない、言葉数が少ないなど、大局で全身状態をはかる傾向があります。子育てを経験しているからでしょうか。(そう言えば、うちの夫も赤ん坊のミルクを溶かすお湯の量に異様に拘っていたような…)

男の介護の特徴その2)介護がライフワーク?
 母親の介護のために、サイドテーブルや点滴台を自分で溶接して作ってしまった息子がいました。妻のベッドをちょうどいい高さに調節するため、パイプ足を電動カッターで切ってしまった夫もいます。
とにかく創意工夫を欠かさず、いかに良い環境を作れるか試行錯誤の日々。かなりの力技も辞さない熱意があります。 

 女性介護者ではあまりこういうことにはなりません。工夫と言っても、せいぜいペットボトルのキャップに穴をあけたり、針金ハンガーを曲げて障子の桟に引っ掛ける程度。ある物の中で出来る範囲で…と力が抜けているのです。そう、女性の介護を一言で言えば「力が抜けている」のだ。悪い意味ではないのです。なんと言うか、生活の一部。淡々と、自然に、やるべきことをやる、と言うような。男性の場合、一大プロジェクトという感じで、とにかく熱い。

 正直、その介護ぶりにこう思わずにはいられないのです。
「もしかして…生きがい?」
現に、折に触れてきめ細かい介護をたたえる私達に、
「(介護は)もう、大変なんてもんじゃありませんよ。自分の人生を捧げる覚悟がないと!」
とその大変さをアピールしながら、一方で妙に生き生きしているのは気のせいでしょうか。
少しでもその介護負担を減らそうと、ご兄弟との役割分担を持ちかけても
「いや~、下手に関わる人が増えると面倒くさいので、自分一人でいいです。」
と全てを自分で負おうとする。こういう方は、知らず知らずに頑張り過ぎて、ある日オーバーワークで倒れてしまわないよう、関係者も気をつけて見守らなくてはいけませんね。

男の介護の特徴その3)従順な被介護者あってこそ
 当然と言えば当然だが、介護の姿は単体であるのではなく、それまでの人間関係の最終形態です。それまで劣悪な人間関係で来たのに、いざ介護する状況になったからと言って、じゃあ突然力を尽くして介護して差し上げようとは思わないでしょう。そう考えると、介護者としては少数派である男性が「この人のために介護してあげよう!」と決意するということは、それだけ元気だった頃によくしてもらった、いい関係が築けていたということの何よりの証明。両者に対して心から尊敬の念を覚えます。

 介護者が上で述べたような特徴(熱い思いと強いこだわりを持った介護)を有する一方で、介護される側は、それにぴったりと合う特徴を有することが多い印象が。つまり、いつもニコニコしていて口数少なく、常に感謝し、介護者に口答えをしない。(←これが大事?)
「病院でもないのに、1日3回も血圧なんか測らなくていいよ。もう年なんだから、うるさいこと言わないで好きな物食べさせておくれよ。」
などと言うような生意気なばあさんは、間違いなく夫の献身的介護は望めないのである。

「あぁ…。私はやっぱり夫に介護してもらえそうにないわ。その時は、一緒に老健に入ろうね。」

訪問診療の車の中で、今日も看護師さんとつぶやきながら、病院に帰るのでした。女性の皆さんはどうですか?あなたは‘男の介護’を受けられそうなタイプですか??
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by kasama-hospital | 2012-12-07 00:22 | 認知症・介護

今日も張り切って診療中


by kasama-hospital

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