見極めは難しいけれど。

 それまでは元気なご主人のリードで自宅で過ごされていた御年90ウン歳の女性患者Sさん。大腿骨骨折で手術をし、一応は歩けるようになったものの、歩行はいくらか不安定。なかなかの認知症(アルツハイマー型だが時々幻視も出現しレビー化しつつある)もある。真面目な娘さんは、「このままでは歩行も完全ではなくまた転ぶ危険があるから、リハビリ施設に移って何か月かリハビリをし、きちんと歩けるようになってから家に帰った方がいいのかしら?」と考えた。リハビリ施設はすぐには空かないので、数ヶ月から半年は待たないと入れない。環境を整えるために当院に転院となった。

 総合的に考えると、この方はリハビリ施設を経るより早めに在宅に戻った方がいいのでは…と考え、私個人の一意見としてご家族にお話をした。

 十分に歩けないから歩けるようにトレーニングをしよう、という発想そのものは素直で真っ当である。でもこれは、残された時間が十分にあって、身体能力に予備力がある若い人の考え方のように思う。身体能力が脆弱であれば、一生懸命リハビリをしても、今後絶対に転ばないとは言えない。そして平均年齢を軽くオーバーしたSさんに残されたお時間は、長くても数年。そのうちの貴重な半年を、施設待ちの入院や施設でのリハビリに費やすのはいかがなものか。本人も「早く家に帰りたいねぇ。」と言っており、高齢ではあるがしっかりしている旦那さんも、もう一度家で面倒を見てあげたいと言っている。あるかないか分からない(とは直接言わなかったが)数年後よりも、目の前のSさんの生活の質を高める方向で考えた方が幸せにつながるのではないか…。

 ご家族とこんな相談をしているうちに、入院中のSさんが歩き始めた。看護師が付き添って歩行リハビリを…ではなく、なんと自主練である。看護師さんが病室に行ったところ、数メートル離れた隣りのベッドの脇のサイドテーブルをゴソゴソいじっていたのだそうで。本人いわく探し物をしていたようだが、この先当院から更に別のリハビリ施設に移り、環境が再び大きく変われば、Sさんが混乱して認知症が進む危険性も高い。

 このエピソードが決め手となり、Sさんは直接家に戻ることになった。Sさんが生活しやすいように自宅の介護環境を整え、訪問看護や訪問リハビリを導入して。退院後初めての訪問では、日の当たる廊下に歩行介助バーが何本も設置されており、そこをつたって行くと自力でトイレまで行けるようになっていた。ご主人が設置したのだと言う。茶の間では、コタツの指定席に座ってニコニコ笑うSさんの姿があった。あと何年この生活が続くかわからないが、少なくても今の段階ではご家族もこれでよかったと言って下さっている。

 一方で、先日ブログでご紹介したレビー小体型の患者さんのように、治療を行うことで状態が劇的に良くなり、診療内容の選択肢が増える方もいるのも事実。

『主よ、変えられないものを受け入れる心の静けさと 

 変えられるものを変える勇気と

その両者を見分ける英知を我に与え給え。』

上の一文を読んだ時、まさに高齢者医療そのものだと思った。自然な身体の衰えを加齢変化として受け入れ共存していくゆるさや穏やかさも必要。一方で医療者には、何でもかんでも「年のせい」にして診療の質を上げる努力を怠ってはいないかという自問も必要。その両者の見極めは、なかなかに高度。永遠に修行が必要です。

写真は、関係ないけど『インフルエンザ予防接種始まっています』
(患者さんの許可を頂いて掲載させて頂きます。)
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by kasama-hospital | 2013-11-07 07:17 | 認知症・介護

今日も張り切って診療中


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