もう一つのピック感

 朝夕うんと冷え込み、夏から一気に冬に足を踏み入れてしまった感じですね。

 今日は、LPC(レビーとピックの複合)の認知症患者さんの改善例をご報告します。発症は5-6年前。家族を泥棒扱いしたり、連れ合いの浮気を疑ったりと攻撃的な言動が目立ちました。家族に受診を促されるも拒否。精神科を受診したのは3年前のこと。この頃には、大声で罵る、つねるなど周囲への暴力も出て、精神科への入院手続きまでしたくらいですから、陽性症状はかなり激しかったのでしょう。私はここまで聞いて「ピック病かな…」と思いましたが、受診先では「アルツハイマー型認知症」と診断されています。レスリン、パキシル、ランドセン、リスパダールなどが処方されました。

 恥を承知で白状しますと、数か月前に一度感染症で入院した際、私はこの方の認知症にノータッチでした。アルツハイマーなのに、なんで抗うつ薬?という素朴な疑問がフッと湧きましたが、コウノメソッドを本格的に開始する前です。認知症診療にまだ自信がありませんでしたから、専門の先生の処方に余計な手出しをしてますます悪化したら大変…と見なかったことにして、感染症の治療に専念したのです。

 その結果、病棟はとにかく大変でした。私が、ではなく看護師さんが…。昼夜を問わず「××ちゃ~~ん!!!」と家族を呼ぶ叫び声が廊下にまで響いていたことと、怒りスイッチが入ると目が座って額に2本くらい横じわが出来て、それがワナワナ震えていたことは覚えています。それでも朝は1階の外来ブースに降りてしまい夕は回診を終えて病院を離れるとその叫び声は聞こえてこないのをいいことに、当時の私はつまりは逃げてしまったのです。あの時は、本当に看護師さんごめんなさい。私が感染症の治療に専念したせいか本人の免疫力が強かったせいか(こっちでしょう)この時はあっと言う間によくなり、短期間での入院ですんだのがせめてもの幸いでした。でも、この方の入所する介護施設では、24時間365日この方と接するのがお仕事です。もしかすると退院の知らせを複雑な気持ちで聞いていたかもしれません。

そして先日、またその方が入院することになりました。看護師さんも内心ムム…と思ったはずです。今度は血液培養から菌も検出され前回より長期の入院が予測されます。よ~し覚悟を決めようと、ご家族に当院で内服薬を調整させて頂くようお願いし、了解を頂きました。ただし家庭の事情により、強力な助っ人であるフェルガードは今回は登場できません。

歯車様固縮はしっかり陽性で、安静時振戦も体幹傾斜もあり。なんと寝言も幻視も意識障害もあって、レビースコア10点。尿失禁、診察拒否、二度童、語義失語、スイッチ易怒、CT所見もありピックスコア6点のレビーピック複合型と診断しました。全体的なイメージはピック病のエネルギー過剰です。

まずは陽性症状の制御でウィンタミン6mgを一日6包。これで大方は制御できるはず!効き過ぎて眠そうだったら減らしてね、と自信を持って処方したものの、翌朝も、翌々朝も、看護師さんから「昨晩も寝ないで叫んでいました。」「点滴を自己抜去しました。」との報告。え~~~。慌ててマニュアルノートを引っ張り出し、薬を調整しなおし。これを繰り返し、最終的にウィンタミン72mg(最高量)、セルシン6mg、レンドルミン1錠でようやく穏やかな笑顔を見せるようになった時には、本当にほっとしました。続いてリバスタッチパッチ開始。

チャレンジテストを経てメネシットも開始して少したった頃のこと。ナースステーションでカルテを書いていた私の前を一人でトイレに歩いていくおばあちゃんが。看護師さんに声をかけられ、‘あの患者さん’だと気づいた時には本当に驚きました。腰は曲がっていますが、杖も使わずに一人で歩いています。トイレに行く前にも長いことナースステーションの車いすに座っていたのに、ニコニコして黙っていたので私は気がつかなかったのです。これが一日中大声で叫びっぱなしだった方と同じ人だとは…。

 たまたま月単位の入院治療が必要にも関わらず、ご本人の全身状態は悪くないというタイミングが重なり、私と看護師さんは患者さんが改善していく経過を目の当たりにするという幸運に恵まれました。まるで別人のように「ありがとうね~。あんたの手はあったかいね~。」と私の手を握ってくれる患者さんの両手を、こちらの方こそありがとうという気持ちで握り返しました。そして、あ、これもまたもう一面の‘ピック感’なのかな…と思いました。

 一般的にはピック感と言うのは、ピック病の患者さんに対してマイナスのイメージで使われる言葉です。初診のピック病患者さんが腕組み足組みをして診察に拒否的、訳もなく不機嫌な様子はかなりのインパクトがあり、その姿だけでピック病らしいと思わせる雰囲気があります。しかし一方で、私が接した何人かのピック病患者さんは、それだけではないピック病らしさも垣間見せてくれました。診察室で子供をあやすために置いてある犬のぬいぐるみを撫でる男性、エネルギーが制御された後に見せる満面の笑顔や警戒心なく腕などを触ってくる姿、それは‘二度童’の一面です。一度童、つまり現役の乳幼児と日々格闘している母親の私は、こちらのセンサーは少々敏感です。初診のピック病患者さんを前にすると、まだ数人ながら改善したピック病患者さんを思い出し、ああいう笑顔をまた引き出せますように…と願いながら診療を始めるのです。

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*写真は、先日1歳のお誕生日を迎えた次男の誕生日ケーキ。長男がフライングしないよう、蛇が護衛しています。護衛効果は抜群でした。
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by kasama-hospital | 2013-10-05 04:11 | 認知症・介護

今日も張り切って診療中


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